日本公開がこんなに早いなんて聞いてないよ!すでに香港に観に行っちゃったよう。
けど、こんな想定外なら大歓迎。はっきり申し上げて、ユエン・ウーピン先生の傑作がまたひとつ生まれました。ネタバレ全開です。
正月明けの香港でさっそく観て来ました。
もう、むっちゃくっちゃ面白かった。
溜めに溜めたところで、
木人キターーーーーーーーーーーー!
と快哉を叫びましたよ。そのカタルシスはヒーロー映画と呼ぶにふさわしい。
なによりアクションがね、すんごく袁家班。
動作中キメショットのタイミングと角度、文字通り空中戦であるワイヤーワークの華麗さ、刀が頭スレスレを掠め髪がはらりと切れる懐かしのシークエンス。粉々になるテーブル、派手に割れ飛び散るガラス、攻撃のすごさを表現するためなら何だってそこにあるものを壊しまくる。それが袁家班。
おまけに、ある種永遠の課題「功夫は銃に勝つことができるか」にもひとつの理想が示されていて痛快。
そしてそして、大昔に鮮烈なシーンとして焼きついてるウーピンさんの父・袁小田(ユエン・シャオティエン)と成龍との箸を使ったおかずをめぐる食事シーンのやり取り。
『グランド・マスター』では餅合戦を哲学として昇華させて見せ、今度はウィスキーの注がれたグラスで展開する外連味。
しかもそれがマックス・チャンとミシェール・ヨー姐さんときた。おしっこチビりそう。アクション監督は袁家の三男・袁信義(ユエン・シュンイー)。
そんな複雑なアクションにくらべてドラマになると途端にシンプルな構図なることもふくめ、かつて「アクションでは数限りなくテイクを重ね、ドラマでは2回以上撮らない」と言われた監督、ユエン・ウーピン。さすがです。
『Crouching Tiger Hidden Dragon: ソード・オブ・デスティニー』では、正直あのウーピン先生を以ってしても少々枯れた印象を受けてしまったのですが、あれはプロデューサー主義のアメリカ製作と肌が合わなかっただけなんですね。いやいやどうして、まだまだご健在です。今後の監督作にも大いに期待しますよ。
主演のマックス・チャンはすでに『グランド・マスター』で香港電影金像奨・助演男優賞を受賞しておりますが、この張天志は現時点で最大の当たり役にして代表作。
彼については『イップ・マン 継承』のパンフレットに評論家の江戸木純さんがこう書いておられます。
「この映画は、イップ・マン映画の第三作であると同時に、マックス・チャンという逸材が主演スターとなるための卒業試験だったといっても過言ではない。そして誰の目にも明らかなように、彼はその試験に見事期待を超える点数で合格した。」
もうね、この一文に尽きます。
まさにその卒業証書を同じ役でこういう形にしてくれた製作の天馬電影のレイモンド・ウォンにはお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。
今作は、継承の後にたくさんの人がもっとこんな天志が見たいと思った姿やシーンが、まるでラーメン次郎のトッピングのごとく、天高くテンコ盛りだ!
あれから武館をたたみ武術を捨て、細々と雑貨店を営む天志。かつては「師父」「徒弟」と互いを呼んだ親子も、今では「爸爸(パパ)」「老板(社長という意。店の切り盛りを息子フォンが手伝ってるから)」と声を掛け合う。
けれど、口に出さなくても息子はパパが師父だったことは決して忘れないし、パパにとっても心のどこかでは息子のヒーローでいたいのです。そして約束を守れなければヒーローでいる資格はない。
そんな願いとは裏腹に、悲しいかな父は相変わらず社会や権力から虐げられる市井のひとり。
しかし、そこは黙ったままおとなしく耐える男じゃないぜ張天志。やられたらやり返す、オレのやり方で!とばかりに詠春拳を封印したまま、敵をなぎ倒し蹴り飛ばす。
詠春じゃないもんね、派手な回し蹴りもガンガン決めまっせ。本シリーズと区別化するため、なによりマックスの個性的なアクションを際立たせようと、この封印のアイディアは非常に有効でした。
ところでこの映画をご覧になって「ここまで英国人警察官を悪者にしなくても・・・」という人もいそうな気がしますが、当然誇張はあるにせよ、一時の香港はこういう社会だったんですよ。
当時についての文献や小説などを読むと統治したイギリスの階級制度や人種差別がどんなものか、香港での弾圧と圧倒的な不平等がいかほどであったか一端を理解できるかもしれません。
アヘンについてもかつて民国時代は合法だったし、香港は密輸の拠点であったために撲滅するのに本当に長い長い時間がかかりました。今作に限らず、この時代を背景にアクション映画を撮れば取り上げる機会の多くなる要素なのです。
監督のユエン・ウーピンは、日本の敗戦によりイギリスが再び香港を植民地にした1945年生まれ。彼自身この時代を知る1人でもあることをどうかお忘れなく。
さて、今作は脇を固める俳優陣もすこぶる魅力的。
まず、デイヴ・バウティスタ。
強い、すごい、演技もうまい。このキャラがまた一ひねりあったのがよかった。彼がある人物を軽々と持ち上げた時、え、まさかパイルドライバーすんの?と全身が粟立つほどゾッとしたのも彼の演技力の賜物(最終的にはしなかったけど、90年代の袁家班ならさせたかも)。
とにかく、ラスト天志が挑むもまったく歯が立たないの。実力差体格差、絶望しか浮かばない説得力がありまくり。天晴れでした。
天志を助け仲間になる虎哥を演じた釋彥能(シー・イェンノン。早い話がシン・ユー。やっと名前が落ち着いたようです)もええ役でした。なかなかよろしい面構えになってきはりましたな。
屋上でのシーンは割りとシリアス展開のなか楽しいシークエンスでお客さんにも受けてました。アクションの見せ場もバッチリ。天志とともに敵地に乗り込むとこなんか痺れちゃう。水を得た魚のように動きもとてもよく、さすが元リアル少林寺。僧侶であった時に少林寺ツアーに選抜され代表として世界中を回った男だけある。
これを機に、映画人はもっと丁寧に彼を使ってほしい。そして劇中もうちょっとでいいから幸せにしてやってくれ。
とはいえ、この葉問外傳:張天志でケタ違いの存在感を示したのはやはりこの人、楊紫瓊(ミシェール・ヨー)。
またこんな最高なミシェール姐さんを見ることができて本当に本当に幸せです。出てくれてありがとう。彼女は世界でもそう例のないアクションせずとも主役を張れるアクション俳優(逆の人は多いんだけどね)。
ドラマでも見せ場がありましたが、その芝居が特によくてね。彼女の演技力の確かさを見せ付けてくれました。
イップ・マン 継承でウーピン先生とマックスの相性がいいのは皆さんご承知のとおりですが、あらためてミシェールのアクションには彼女とウーピンとが築き上げてきた歴史というべきものがぎっしりと詰まっており、素晴らし過ぎて言葉もありません。
ところで、ミシェールさんの弟役の鄭嘉穎(ケビン・チェン)。
彼は実はテレビドラマ版『イップ・マン』(日本でもソフトが出てるよ)で主役の葉問を演じた人なんです。今回見事に悪役を憎々しげに演じておりました。ドラマを観ればわかるけど、今作とは別人ですから。このあたりの配役も絶妙。
ミシェールとケビン、2人を交互に眺めるとなるほど似てる気がするのも面白かった。
さて、ラストファイトではバウティスタにまったく歯が立たない天志が、いよいよ詠春の封印を解くのだけれど、一度捨てた男が再びその手に大事なものを取り戻す、そのカッコよさたるや。この瞬間のためにこの映画はあるんですよね?ね?ね?
人生で、内股の男にここまで惚れ惚れすることがあったでしょうか。いや、私はなかったよ。しかも覚醒のバックにかかるのは、あの曲!(今作のスコアは戴偉)憎い演出だ。
とにかく袁家班にとっても近年のベストワーク。彼らのノビノビさが伝わってきて、こちらも超ハッピーでございます。ウーピン先生、マックス・チャンという逸材をここまで活かしてくれて本当にありがとう。
『イップ・マン外伝 マスターZ』(で決定なのかな邦題)はおそらく春ごろに日本公開では?という巷の噂。正式に公開発表になるのが楽しみです。
最後に、香港映画はトニー・ジャーをゲスト俳優として消費するのをとっとと止めて、もう一度きちんと主演作を撮ってください。(これは周秀娜に関しても同じことを言いたい。『29歳問題』で主演した香港女優をもっと大切に!)
そしてユエン・ウーピン監督ミシェール姐さん主演の1994年作『詠春拳』をデジタルリマスターして早いとこ再販しやがれ。脂の乗り切った2人が組んだこの大傑作をぜひ多くの人に見てもらいたいです。