映画 鬼が来た!(2000年・中国)

監督脚本主演 姜文(チアン・ウェン)。

甄子丹(ドニー・イェン)主演の関雲長で姜文の演技の素晴らしさに感心して、是非観なくてはと思った彼の監督主演作<鬼が来た!>。さっそく借りてきました。

内容もほとんどわからず、ただカンヌでグランプリを取ったということしか知らなかったので、オープニングからまず白黒作品であるということにびっくり。観る前にぼんやり予想していたものとはまったく違うストーリーと作風。

そのうえ最終的に最も驚いたのは、チアン・ウェンという人が私の想像したのを遥かに凌駕する、いっちゃった映画人だったということでした。いやはや、すげー映画だった。

舞台は日本占領下の中国の小さな農村ですが、日本人対中国人という一方的な善悪を超えた、とにかく人間を描くのだとそれだけを念頭に置いたような話です。
人というものはその時の状況によって友にも鬼にも一瞬にして変わる、そんな普遍的な現実を狂気的にさらし、観ている方はそれをただ受け止めるしかない、そんな作品。

映画の内容よりも、どちらかというと香川照之さんのこの作品について書かれた本の方を先に噂で聞いていた私。
ハンパなく過酷な現場だったようで、その殺伐とした雰囲気はこの作品にも透けて見える気がしました。
でも結果、そういう理不尽な体験もこの作品を作り上げるうえでの重要な要素のひとつだったのかも、と映画を観終わった人間に想像させてしまうところが、この映画のまた凄いところ。

それにしても中国側の、あの村人のキャスティングはなんというか良すぎます。
とくに爺さんたちがすげぇ。有名俳優ばかりが登場する大作佳作ばかり観ていては、こういう出てくるだけでリアリティを感じる役者というのにはなかなかお目にかかれませんが、いや、久々に観ました、この感じ。
おまけに村の男たちも本当に自分の事しか考えてない勝手な奴ばっかりで(笑)。

とにかく脚本もそれぞれのエピソードも細かく繋がっていて良く出来ている。
なのに「ほら、凄いでしょ」というありがちな格調高く構えた主張はまったくなく、ユーモアにしてもドタバタにしても、シニカルに思えてくるところがこの作品の最大の魅力なのかもしれません。

前半の滑稽な人間模様をさんざん見せた後、香川照之扮する花屋小三郎が日本軍に帰還し、とくに、噂の少尉、澤田謙也氏が登場してからは、見ている方の心拍数はぐんぐん上昇。なおかつこちらの予測を大きく上回る展開に動揺を隠せない。

中国映画で日本軍が登場するとなると、それだけで実は結構覚悟が必要だったりするのだけれど、この作品に関しては日本人役にはエキストラにいたるまで全て日本人を起用し、オーディションをして決めたという日本人俳優の妙にも(実は数人、同じ桐朋学園演劇専攻で一緒だった役者もいて、それもかなり心拍数をあげました)非常に感心。
こういったことも含め、物語や描写、衣装など、日本の軍隊や(海軍と陸軍の違いまで含め)兵士を御都合で適当に描く気はないという制作側の強い意志を感じさせ、ある意味観ている自分も肝が据わりました。日本軍が登場してそんな気にさせてくれた中国映画は初めてです。

当然、胸が痛む場面がないわけはないのだけれど、一方的な善悪を描くつもりはないという姿勢は最後まで伝わり、そのおかげで、文字に起こしたあらすじだけでは絶対に読みとれないだろう人種や文化を超えた人間の悲しい性が見事に浮かびあがってきたのではないでしょうか。

こういう作品はともすれば、ラストに向かってもうすこし分り易く説明したくもなるもの。
そこをあえて説明過多にせず、主人公が最後に喋る機会を与えられてもなお、野獣のような唸り声しか出さないあたり、監督脚本のチアン・ウェンの大いなる人間への洞察力が伝わって深い感銘を受けました。確かに怪作にして傑作です。

最後に物凄く余談ですが、日本降伏後、国民党のカオ長官役で出て来た役者の顔に非常に見覚えがあって、誰だろうとずっと気になっておりました。
すると翌日キッチンでネギのみじん切りをしている時に唐突に思い出したのです。あれはドニーさんの<洗黒銭>で共演していたあの男前じゃないか!
名前を呉大維、デヴィッド・ウーという。彼の10年後の変わらなさにも心から驚いた次第でございました。

鬼が来た!日本版予告編

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