アンジェラ・マオ3連発

賭博場で八百長されてもバカ勝ちしたあと、チンピラ(しかもそのうちのひとりはサモハンだったりする)に囲まれて「金は賭けたけど、命まで賭けた覚えはないよ」とクールに言い放つアンジェラ・マオになりたくない人など、この世にいるのでしょうか。

「レディ・クンフー」そして栄えある「女ドラゴン」という異名を持つ茅瑛(アンジェラ・マオ)は実は香港の人ではありません。台湾生まれの彼女は幼少の頃より戯劇学院に所属し京劇、歌謡、武術を習得しました。卒業後、立ちあげたばかりのゴールデンハーベストのオーディションを受け19歳で単身香港へ。そこで数々の功夫映画に出演してスターになったお人です。
まずは彼女の初期の作品を3本観たのですが(3本ともに監督は黄楓/ファン・フェン。武術指導は朱元龍と名乗っていた頃のサモ・ハン)。60年70年代の功夫映画が好きだという人なら必見の作品でございました。

とにかくアンジェラ・マオが痺れるほどカッコいい。
そのうえ女性が主演のアクション映画ですが恋愛要素など全くなし、コスプレ一切なし、あるのは復讐と本人の武術スキルだけ、という清々しいまでの見事なコンセプトに心から感嘆せずにいられません。これを作ったレイモンド・チョウ、すごいよ!

「アンジェラ・マオ 旋風レディ!鉄掌拳」(72年)

上述のシチュエーションはまさにこの映画でのアンジェラさん登場シーンです。
いやいやいや、このセリフで瞬時にハートをワシ掴みにされてしまいました。質素な中華服(チャイナドレスにあらずよ)に身を包み、眼光鋭くサモハンはじめ大勢の男どもをガンガンなぎ倒すアンジェラ・マオ。ひ~かっこいい。

憎き姉の仇と彼女が追う相手はもうひとりの主演である張翼(チャン・イー)。これが根っからのワルというわけでもなく、彼もまた街のヤクザである日本人の男(演じるは白鷹/パイ・イン)にリベンジするべく潜伏中。
こういった設定だと途中で男女に心の交流が生まれちょっといい感じになって・・・と無理やり展開しそうなところ、この映画の何が素晴らしいって、一切の恋愛要素がチラリともないのが素敵。徹頭徹尾、ニコリともしない彼女は姉の仇を狙い続ける。いいよいいよ~。

「たまたま」彼女が主演だっただけで、この役は別の男性功夫スターに変えてもまったくいけてしまう、というほどのキャラクター。いや、男同士の方がかえってぬるいブロマンス風味になったかもしれません。最後の決断もむしろアンジェラさんは仇、というよか、その仇を愛する女性を尊重したんですからねっ。く~なんというクールな姐さん気質!

彼女がアクションをすると無双ぶりが気持ちいい。何人いようが、誰が相手だろうがどんな武器を持っていようが決してチンピラにやられたりしないその姿、マジ惚れました。

この映画、難を言えば、もうひとりの主役チャン・イーにかなり比重が寄っていて最終的に修行してパイ・インとラストバトルを戦うということかな。正直、彼のことなんかどうでもいいから(ごめんなさい)、アンジェラさんがパイ・インと戦うところが観たかったし、ぶっちゃけ男どものアクションシーンの方がスピードやリズムが悪かったような気がしないでもない。
彼女の最強ぶりがとにかく良かっただけに、ええい、もっとアンジェラさんを見せんかーい!と思わず心の中で叫んでしまいました。

そんなフラストレーションを解消してくれたのが彼女の代表作のひとつ、「アンジェラ・マオ 女活殺拳」(73年、原題:合気道)。

合気道と言っても日本のものとは違う、韓国の合気道(ハプキドー)がテーマ。
実際この撮影のためにアンジェラさんをはじめ共演の弟弟子役サモハンと兄弟子役黄家達(カーター・ワン)の3人は映画でも師父役で登場した韓国合気道の師範、チ・ハンジェに数カ月にわたり師事したといいます。(冒頭に出てくる、このチ・ハンジェの表演がまたお見事)そして彼女はこの撮影の後もずっと稽古を続け最終的には3段の資格も取ったのだとか。
出演作についてのインタビューでも「合気道を習う前か後か」という言いまわしをすることから、アンジェラにとってこの武術がアクションに関して大きな転機になったことは間違いなさそうです。
ここでの彼女の動作は、観ていて本当にカッコいい。動作指導はサモハン。今作では完璧彼女が領衛主演。そうこなくっちゃ。
日本道場に単身殴り込みをかけ(しかも手には看板!)何人もの道着を着た男たち相手に立ちまわるその姿は、まるでブルース・リーのごとし。


サモハン、マジで面白がって彼女に李小龍をやらせたんじゃ、と思うほどの痺れる設計。



時代設定上相変わらず日本人が敵ですが、香港名物ハカマの前後ろ逆履きといい、だらしない着物の着方といい、変な丁髷結った男といい、ここまでデタラメだと「これってどこの惑星の人達だ?」という気がしてきて怒る気にもなりゃしません。
とにかく女ドラゴンという名称にふさわしいキャラと動きに大感激。そしてここでも彼女には甘ったるい要素などなし。ひたすら血の気の多い弟と肝心なところでやられてしまう兄弟子に師父の教えを守るように諭し、そして最後の最後にその怒りを爆発させるそのお姿。うお~、姐さんどこまでも着いて行きます!

「旋風レディ!鉄掌拳」では手を合わせることのなかったパイ・インともここでやっとバトルです。髪に仕込んだアメリカン・クラッカー(ふるっ)みたいな武器もイカしてる。韓国合気道の特徴なのでしょうか、腕を折ったり首を締めあげたり関節技を繰り出し総合格闘技の様相で、これまた痛快。

またラストでは、あの名手(名足?)、黄仁植(ウォン・インシク)が韓国の兄弟子役として助っ人で登場。ウォン・インシクさんについてはここでは詳しく説明しませんが、ちょっと検索すればみんなの大好きなあの映画、あの名作にバンバン出て名勝負を繰り広げておりますですよ。

彼の悪役でない姿は初めて観ました。かかかかかっこいい!最後の決戦はこの兄妹弟子ふたりですが、ラストバトルはきっちりアンジェラさんが締めてくれました。いいよ~そうでなくっちゃ。

またこのDVDでは特典としてアンジェラ・マオさんのインタビューをはじめ、宇田川幸洋さんと知野二郎さん(自分もブログ超級龍熱を拝見しております)おふたりによるコメンタリーがついていて、これまたすごく勉強になりました。ものすごい濃い特典の数々に関係者の皆さんには感謝感謝。

そして3本目は同年に制作された「テコンドーが炸裂する時」(73)

ここでは舞台自体が韓国。今度はアメリカ・テコンドーの父と呼ばれブルース・リーとも交流のあったジューン・リーを師父役に迎えての抗日闘争まっただ中の話。
相変わらず「あんた、どこの人?」という出で立ちの日本人役。ただ一人だけ、普通に着物を着てハカマをつけてる人がいる、と思ったら風間建さんでした。おもしろかったのは風間さんがいるシーンだけほかの役者のハカマが前後ろ逆じゃなかった(笑)。ひょっとしたら風間さんがご指導なさったのでしょうか。

さて「女活殺拳」という映画で彼女にすべての力が注がれたことを考えると、今作は個性豊かな出演者もあいまって、役割分担がちょっと曖昧になってしまったのが少々残念でしょうか。
それでも敵の日本刀を奪って闘う彼女のファイトシーンや囚われた師父を助けに道場に現れたあの見事なキックなど見ごたえは充分。
ここでアンジェラさんが胸元にある三つ編みの髪をピシッと後ろにやる仕草がまたホレボレするほど素敵です。今までリー・リンチェイやドニー・イェンの辮髪でキャーキャー言った気がしますが、彼女もとっても精悍。(辮髪じゃなくても)三つ編みピシッは中華カリスマファイターの見せ場ですね!

さて敵が日本人というのは悪の軍団ショッカーみたいなものなので(そのくらいマンガ的)いちいち気にしちゃいられませんが、味方であるはずの主人公寄りの登場人物があまりに思慮のない軽忽な人間だとちょっとしんどい。
死も厭わない覚悟で敵地に乗りこみ捉えられたジューン・リーさんが弟子役のカーター・ワンとアニー・ウィントンに心底呆れたような顔をしていたのがとてもお気の毒・・・。この2人が真面目なだけにタチの悪い間抜けなキャラでちょっとイラっとしてしまい、「アンジェラ姐さんの足を引っ張るんじゃないよ、お前ら!」と途中彼女に代わって怒鳴りつけたい気分にもなってしまいました(笑)。

そんななか救いはラスボスにウォン・インシクを配したところ。ちょうどイライラが頂点に達した頃にラストバトルが始まったので助かりました。彼が出てくるだけで急にアクションが別次元になるからおもしろい。そう思うとやはり稀有な存在、彼の蹴りを見るだけで満足感がぐっと増す、大好きです。

この3本でどれかひとつをお勧めするとしたら間違いなく「女活殺拳」ということになりますが、実はこの3本とも敵の脇役に若き日のすごいメンバーが出ていて、例えば成龍はもちろん、梁小龍(ブルース・リャン)なんてはっきりそれと分るワンショットも多く、出てくるだけで空気をがらりと変えてしまいます。
特に「活殺拳」では大変珍しいサモ・ハンVSブルース・リャンという夢のような対戦も拝めるんですからたまらない。どんなチンピラ役でもリャンはやはりリャン。自在な足のキッカーぶりに少ない場面ながら凄まじい潜在能力が垣間見え、そりゃスターになるわね、と将来を予感させるいいファイト。

他にも林正英(ラム・チェンイン)元奎(ユン・ケイ)元彪(ユン・ピョウ)唐偉成(ウィルソン・トン)、自分は見つけられなかったけれどツ黴€元華(ユン・ワー)蜷ウ明才(ウー・ミンサイ)程小東(チン・シウトン)もいるそうで、そのほかにもまだまだたくさんの「これぞ」という方々が出ていそうです。
そういう意味では、話や主演そっちのけで後ろにちらりと映る彼らを捜すという見方もできる楽しい作品なのかもしれません。

でもここだけの話・・・
アンジェラ・マオを初めて認識したのは胡金銓(キン・フー)監督の「迎春閣之風波」だったりするんですよね。ああ、正直に告白します、その時は徐楓(シュー・フォン)ばっかり観てました。だってドストライクなんだもの、徐楓。(燃えよドラゴンのほうがずっと前に見てるけど、こちらは当時全然覚えがなかったです。うんとあとから改めて観てあの妹が実は、と知ったほど)
パイ・インさんの方も初めて観たのはキン・フー監督の「侠女」。悪役としてもこうして活躍した方のようですが、ひょっとしたら悪役の方が多かったのでしょうか。

 

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アンジェラ・マオ3連発 への4件のフィードバック

  1. June のコメント:

    もう9月になってしまいました…夏はバタバタしてる内に過ぎてしまうので困ります
    観てない作品を ドバっとハシゴして何とか帳尻をあわせようとしても やっぱり
    観きれなくてDVD待ちになるのがこの時期。
    それでも頑張って「画皮」と「るろ剣」は2回づつ観ましたが 今年の夏はハリウッド作品
    にも観たいものが多かったので 香港映画祭りの作品はレディースディ狙いのハシゴ
    では残念ながら観られず… ↓でご紹介の2作品はDVD鑑賞になりそうです 
    映画のシーンが目に浮かぶような感想を拝見して イメージを膨らませることが
    できたのが幸いでした
    マイケル・ウォンはセブンソードの時に 個人的にお久し振り~って感じでしたが 
    コンスタントに活躍されてるのですね

    アンジェラ・マオさんの作品も面白そう… なんといっても↓ これ!
    >この映画の何が素晴らしいって、一切の恋愛要素がチラリともないのが素敵 
    恋愛要素いらん! 同感です(爆)武術スキルと三つ編ビシっ観てみたいっ

    なかなか探せない「コレ観てみたい作品」のご紹介ありがとうございました

    • ケイコママ のコメント:

      Juneさま
      マイケル・ウォン、セブンソードに出てたのですか!
      自分、言われるまで気がつきませんでした・・・めっちゃボンクラとほほ。
      戚冠軍や白彪が出てるのも、あとから認識したくらいです。

      ひょっとして途中砂漠で孫紅雷と悪だくみとかしてた人ですかね?
      あの時、なにやら意味ありげに剣が出てきましたが結局意味なかったような。
      そういえば、ツイ・ハークはすごい長尺撮影をしたのに、長すぎるためカットするのが大変だったそうで。

      一時はディレクターズカット完全版が出る、という噂もあったのに
      それきりになっちゃいましたね。

      それで思い出しました
      すでにご存知ならすみません。こっそりセブンソードのドニーさんのアクションデリートシーンを。こんないい動きがカットになったなんて、本当もったいないですよね?

  2. June のコメント:

    本当に こんなにドニーアクションてんこ盛りの部分をカットだなんて勿体無い(涙)
    次がまた長い戦闘シーンになるので バランス的に仕方なかったのかもしれませんが
    是非本編で もう少し長く観たかったです
    このシーンで二人が手をつないでいる後姿って とても可愛らしかったし…

    >ひょっとして途中砂漠で孫紅雷と悪だくみとかしてた人ですかね?
    そうです そうです 続編が作られなかったので親王も剣も正体不明のままでしたね
    原作は一度サラッと読んで 〇ック〇フに売り飛ばしてしまったので 内容殆ど
    覚えてないのですが(殴)招南が悪役になってしまうので ファンとしては 続編
    は作って欲しいような欲しくないような…

    >戚冠軍や白彪
    この お二人も功夫映画に欠かせない方々だったのですね 出演作の多さに驚き!勉強になりました

    • ケイコママ のコメント:

      Juneさま
      ほんとうに綺麗で大きな画面でこのアクション観たかったです・・・
      と、同時にこの映画の動作設計はあの劉家良大師父。
      劉家良をこよなく愛してる自分としては、ドニーさんへのアクション指導している場面をメイキングで観たかった!!スチール1枚すらないんですから、その部分についてはツイ・ハーク、もっとファンサービスしてくれよ~という気分です。くまきんきんとトン・ワイ、ドニー・イェンに劉家良ですよ、垂涎のショットなのに。

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