技のデパートのピンクな瞬間

少し前、ラジオ番組で元小結、現NHK大相撲解説の舞の海秀平さんにお話を聞く機会がありました。
最近なにかと不祥事が多く、あまりいいイメージのない大相撲。

そういえば、若貴がいて小錦、曙が活躍し、それこそ舞の海さんがいたころが一番チケットが取れなかったような。
その時期に自分も大相撲の九州場所を取材したことがあります。
曙関と一緒に写真をとっていただいた際、隣に立ったらびっくりするくらい大きくて到底同じ人間とは思えなかった。山ですよ、山(笑)。

そんな大きな力士とガツンとぶつかるわけですから、小兵といわれた舞の海さんは正直怖くなかったのでしょうか?
「怖かったですよ、というか、まともにぶつかったらすぐに負けてしまいますから、どうやってそこを掻い潜ろうかとそればかり考えていました」とのお答え。

そういえば、今でも語り草になっている立ちあい直後、相手の顔の前でパチンと手を叩く「猫だまし」って実は思いつきで仕掛けたものではなく、秘かに稽古していたのだそうですよ。
素人はああいう動きのことをすぐに「技」という言い方をしてしまいますが、本来「技」とは「決まり手」のこと。なので猫だましの場合は動きという表現が正しいみたいで。

とにかくあの動きはタイミングが命。ご本人いわく「早くても遅くてもダメ、目の前、という位置がずれてもダメ」なのだとか。なので、相当稽古を積んだのだそう。
そのためには仕切りに手がつく距離では無理なので少し離れる必要がありますが、あまり離れ過ぎると「コイツなにかやるつもりだな」と看破られ警戒させてしまうので、その塩梅が非常に難しかったらしいです。

しかもその稽古は、秘密裏にしないと意味がありません。
なのでマスコミのいる前では決してせず、同部屋の力士たちの協力を得ながら何度も色々な動きを試していたのだとか。親方はそんな舞の海さんを見ながら「また何かやってるな」という顔で苦笑いしていたというわけです。

当然、その動きだけで勝てるというわけでもないので、とにかくまともにぶつかっては勝てない相手をどう揺さぶって、その懐に飛び込むチャンスを掴むか、その一心。
しかも、その動きは一度しか使えないと心得て、場所中は一番取り終えるとすぐに翌日の対戦相手を思い、立ちあいをどうしようかそればかり考えていたそうです。

まさにそんな研究熱心さと意気込みがあの「八艘跳び」や「くるくる舞の海」を生んだわけですね。

しかし、そうやって考えに考え抜いた動きもいつも通用するとは限らない。
失敗することもあったそうで、現在の貴乃花親方である当時の横綱貴乃花とのある一番では、立ちあい直後、両手で相手の右腕をとって脇をあけようとしたのに、渾身の力を込めても横綱の腕はびくともせず「あれは、めちゃくちゃ恥ずかしかったです」と振り返って笑っておられました。

また、山のような曙関の場合は蹲踞(そんきょ)しただけで、もう相手の足しか見えず、何度あの足の間をくぐって後ろに回り込めればと想像したそうです。
しかし、一瞬でも手や膝がついてしまうと負けてしまう相撲。さすがにそれはリスクが高すぎて断念。

今でも色々なスポーツを見ていて羨ましいなと感じることがたくさんあるそうで。
例えば体操選手の身体能力が自分にあったら、跳馬のように相手の肩に手を衝いて飛び越えて後ろに回り込めるのに、と真剣な表情。

うわ~一度でいいから見てみたい!そんな動きをお相撲で。

最後に、そうやって稽古した動きをいざしようと決めて迎えた一番は、すごく緊張しませんでしたか?と質問したら「なので自分は直前まで、リラックスするためにある色を思い浮かべてました」というご返事。

それは何色ですか?
「ピンクです」
ピ、ピンク・・・そのピンクは鮮やかなピンクですか?それとも・・・。
「薄いピンク色です、それを想像すると落ち着くんですよね」

たくさんのアスリートや芸能人など、様々な方にお話を伺ってきましたが、ピンク色を思い浮かべて緊張をほぐすという人の話は生まれて初めて聞きました。舞の海さん、おもしろすぎます。

最近、身体の大きなパワー系の力士が目立ち、なかなか舞の海さんのような身体の小さな人を見かけることも少なくなりました。技のデパートと呼ばれた彼のような小兵の力士が大きな人を倒すのをまた見てみたいものです。

 

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