洪家拳対詠春拳(1974年・香港)と少し「ドラ息子カンフー」

監督
張徹(チャン・チェ)

出演
傅聲(アレクサンダー・フー・シェン)
戚冠軍(チー・クワンチュン)
袁小田(ユエン・シャオティン)
江島(チャン・タオ)
馮克安(フォン・ハックオン)
梁家仁(レオン・カーヤン)
王龍威(ワン・ロンウエイ)
劉家輝(ラウ・カーフェイ/リュー・チャーフェイ)
劉家榮(ラウ・カーウィン)

動作指導
劉家良(ラウ・カーリョン)
唐佳(トン・ガイ)

観ながら、なんだか色んな事をたくさん考えてしまった映画。
と、いっても別に分りにくい話でも哲学的な主張があるわけでもなく、つらつらと様々な連想が次から次へと沸いてきてしまったのに少し驚きました。はたして上手にまとめられるかな。

冒頭、関帝廟で少林寺派の武館と満州人の武館がのっけから対立。
ずらっと並んだ顔触れに江島の顔を発見しただけで、こいつが仇役だと一発で分ってしまうくらいには功夫映画を見ているということでいいのですかね(いやいや、あの顔は初めて観た人でもわかるだろ、とひとまずここはノリツッコミ)。
そこではまず、動作指導を務めた劉家良師父の実弟、劉家榮が関刀を使っての見事な演武を披露。おお、年相応だし目立ってるじゃん!これはひょっとしてストーリーにからんだキャラか?とワクワクしてたら、さっさと殺されてしまい遺恨の火種になる役回り。とほほ。
義弟の家輝にくらべて家榮には何故かいつも厳しい家良兄貴。たまにはいい役をつけてやってくれよ~。

話は、漢人の少林寺系の武術家壊滅をもくろむ朝廷側の武館が主人公たちを根絶やしにしようと攻撃し、仲間を殺された生き残りが修行を積んで復讐するというお決まりのパターン。

74年作のこの映画、特筆すべきはお馴染みの出演者全員がすこぶる若い、ということに尽きるでしょうか。
これがデビュー作になった家輝はいつもの辮髪ではなくショウブラ名物なんちゃって辮髪(真面目に前頭部を剃らず、髪を後ろになでつけただけの三つ編み)というヘアスタイルで、今となってはむしろ珍しい姿かも。目力もそれほど強くなくて、なんだか少々弱々しい。

それはデビュー間もない悪役の王龍威や梁家仁にも当てはまり、梁家仁なんて髭がないうえに若いものだからしばらく誰だか分らなかったよ。
髭剃った彼は何度見てもどこで見ても違和感が拭えん。

それに加えて敵側に当然のようにいる馮克安。
(かつて自分もそうでしたが)80年代以前の香港功夫映画を知らない人には、いつも成龍にやられる悪役というイメージしかないかもしれないこのオッチャン。その実態はうんと昔、60年代後半のショウブラ映画からこうしてずーーーーーーっと悪役として活躍しているお人。

世界中の俳優の誰と比べても自分は馮克安の出演作を実は一番数多く観ていると、断言していい。しかもモブシーンでなく、ほとんどを台詞がある役で登場しているのだからスゴイ。
そしてもっと驚くことに、今なおその姿をスクリーンで見るどころか、2010年の「イップマン葉問」では八卦掌の師父役(2人目の人ね)として甄子丹と円卓の上で闘った男なわけで。
もうね、今や登場したら即、拝んでもいいくらいの域に達しとるよ。

そういう役者がいる一方で、この映画にはフー・シェンのように29歳という若さでこの世を去った俳優もいます。
74年といえば20歳の彼が初主演を飾った年。
とにかくここでのフー・シェンが思いっきり瑞々しくてキレがいい。
よく見ると特別美男子というわけではないのだけど、にじみでるチャーミングさと溌剌とした姿は「選ばれしもの」の風格がすでに備わってます。

彼が亡くなった時、映画界はもちろん香港中が悲しみに沈んだと聞きました。
それほどみんなから愛された人だったのでしょう。40年近く経ってもその姿はフイルムにとどめられ、没後もたくさんの人に観てもらえる。そしてそのうえに、こうして彼の持って生まれた才能に新たに魅せられる人間もいるのです。
音楽や文学、芸術などはみなそうですが、映画ってやはりすごいんだな、とあらためてその普遍性、浸透力をしみじみと感心してしまいました。うらやましい。

そのフー・シェンとともに主役を担うのは、その後何本もコンビを組んだ戚冠軍。背が高く切れ長の目にすっとした顔立ちの彼のその姿は、時折彫刻を思わせるような神々しさ。
このふたりが最後の決戦におもむく白装束は本当に素敵。
肉体美派でない自分としては、その上着を闘う前に脱いでしまったのが心から残念です。あの白い衣装姿を、できたらずっと見ていたかった!

↓左フー・シェンと€戚冠軍。なぜカタカナと漢字かは気にしない!

さて今作ではその2人が復讐のためにそれぞれ虎鶴双形拳と詠春拳を修行するのですが、そこで感じたのは洪家拳の大家、本物の武術家である劉家良師父といえども他流派の詠春拳を描くことは難しかったのだろうか、ということ。

戚冠軍が詠春拳の達人に弟子入り志願した際、受け入れた師父が黙って中に通したのでこっちは当然「木人椿くるー」と予想。当然のことながら、即座に戚冠軍の木人稽古を脳内に描いてしまったわけですよ。
しかしここでの師父は大きな鐘の前に立つやいなや、やおら短距離からすっと突きを出して鐘をゴーンと打ち鳴らすではありませんか。

こ、これは多分・・・ワ、ワンインチパンチ。

そう、あのブルース・リーが得意としていたワンインチパンチが、ここでは詠春拳の極意として登場し、戚冠軍はひたすらこの突きの修行を延々繰り返すのです。

そう思うと、功夫映画の中で丁寧にきちんと描かれた詠春拳って、ありそうで実はとても少ない。(デフォルメされたものなら何作か見たことはあるし、これもそのひとつかとは思う)有名な俳優でもティ・ロンやリー・ホイサンのように詠春拳の高手はいるのですが、映画の中ではあまり活かされていませんでしたよね。
一方TVでは詠春拳を題材にしたドラマは結構あるらしい。が、残念ながら自分はちゃんと観たことがないので、それらが本格的なものかどうかの判断はつかず。

甄子丹のイップマンシリーズ以前に、映画でこの詠春拳を正面から扱ったのは81年に制作されたサモハン監督ユン・ピョウ主演の「ドラ息子カンフー」くらいでしょうか(他にあったらすみません、あるとしたらどなたか教えてください)。

この映画のなかで実際に詠春拳の使い手でもある林正英(ラム・チンイン)が見せた華麗な詠春拳の動きに、心からうっとりしたことは今でも忘れられません。そういえばこの方も97年に44歳という若さで鬼籍に入ったのでした。

林正英といえばキョンシーシリーズでの道士役が有名です。
けど、自分としては、この時のラムさんが一番好き!詠春拳をまったく知らなかった当時の私にすら、その本物の放つ輝きは充分わかりました。
ちゃんと木人椿も登場したし、中心から力のほとばしる突きと無駄のない攻撃のよけ方、足のさばきなど、ラムさんの動きや台詞から詠春拳の特徴もきちんと伝えることができていたのではないでしょうか。動作指導はサモハン、ユンピョウ、ラムさんなど洪家班のみなさん。
二十数年後、葉問が生きていた時代の詠春拳を真摯に再現しようとした「イップマン序章」において動作監督をサモハンに依頼した裏にはこの映画の印象も大いに影響したことでしょう。

「ドラ息子カンフー」は最近廉価盤で再販されたようなので、機会があったら是非ご覧いただきたい1本でございます。京劇の女形でありながら詠春拳の達人でもある師父のラムさん、演技も含めてすべての動きがマジしびれるから!

なんだか、チャン・チェの洪家拳対詠春拳を語るつもりが最後は別の映画のことになってしまいました。とりとめもない事を書き散らかした感じですが、観ながらほんとうに色んな事が浮かんできてしまったんだから仕方ない。
途中の修行シーンや女子とのエピなど、ちょっと飽きちゃうところもなきにしもあらずですが、チェン・チェといえども、あれだけ数作ってたら濃淡はあるわね。

洪家拳対詠春拳予告1
ドラ息子カンフー予告

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洪家拳対詠春拳(1974年・香港)と少し「ドラ息子カンフー」 への6件のフィードバック

  1. あやりん のコメント:

    ケイコママ、こんばんは!いろいろなコメントで忙しそうでしたね。
    ちょっと落ち着いたみたいなのでまたコメント書きました!教えてください、ドニーさんの映画で印象深かったのはありますか?
    っというかおススメを聞きたいのですが。近所のレンタル屋にはカンフー映画が少なく、もっとたくさん見たいのですが・・・。さみしいです。
    ちなみに処刑剣のタトゥー姿がすごくかっこよかったです(笑)!だんなと見てたんですが、ニヤケそうなのを必死にこらえてました!ケイコママは裸はダメなんですよね(笑)。

    • ケイコママ のコメント:

      あやりんさま
      イップマン2作とワンチャイは観たのですよね
      では導火線、SPL、孫文の義士団も恐らくご覧になってますよね
      このなかで未見のものがあれば是非、観てください必須です(笑)

      脱ぎ系がよろしければ4月に発売になる「レジェンド・オブ・フィスト」も
      髭つけたりマスクつけたり脱いだりして忙しくやってますよ!

      「かちこみ!ドラゴンタイガーゲート」もラストバトルはタンクトップでした
      ちょっと微妙なロン毛ですが、映画が終わるころにはきっと慣れてるはず(笑)
      アクションがとってもよろしいですし、ニコラスやショーンも頑張ってます

      それ以外でレンタル可能そうなものだと
      「HERO」も好きです、登場は少しですが
      ジェットとの目が覚めるような槍対剣の対決が見られます

      あ、肝心なのを忘れていた!先日再発売されたばかりの
      「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ外伝/アイアンモンキー」は
      声を大にして超お薦めです、絶対に観てください!買っても損はない
      これは似たタイトルの映画が多いので、間違えないように注意してくださいね!

      あと、やはり今年再販された「クライム・キーパー香港捜査官」も
      アクション、スゲーです、かなり若い時なのでそう言う意味でも新鮮かも
      レンタルしてるかどうか不明ですが、廉価版で再販してるはずかと

      もし近くのレンタルショップになければ宅配レンタルを利用してはいかがですか?
      ネットで注文して郵便で返すというシステムのやつですよん
      自分もショウブラザースの映画などはそういったものを、よく利用しています~
      色んなところを比較して一番ドニー作品が揃ってる所を選んでみてください

  2. あやりん のコメント:

    ありがとうございます。ほんとにケイコママは良く知ってるんですね!販売されていることとか、もう何者!(笑)っていう感じです。
    しかし、ドニーさん、かっこいいですよね~。
    脱ぎ系に限らず(笑)バリバリのカンフー、どんどんせめていきたいです!
    あ~、見るのが楽しみです。またコメントさせてくださいね!

  3. 岐阜の『ともっち』 のコメント:

    ケイコママ、どうもはじめまして!
    『捜査官X』で検索していたら、なぜかこちらにたどり着いてしまって以来、よく覗かせてもらっております。家でネットができる環境が整ったので今頃やっと初コメです!!
    以前トホホなタイトルをネタにお話しされていましたけど、最近の中国・香港映画もなかなか笑わせてくれるタイトル多いですね?
    最近の僕のツボにハマったタイトルはこれ!
    『女ドラゴンと怒りの未亡人軍団』
    タイトルだけでB級の匂いがプンプンしていいと思います!公式サイトも紹介しますね。
    http://dragon-miboujin.com/
    おっと、話が長くなるからもう帰らなきゃ。
    ママさん、また寄らせて下さい。
    ここ、めっちゃ居心地ええわぁ、ホンマに。

    • ケイコママ のコメント:

      岐阜の『ともっち』さまへ
      おお、女ドラゴンと怒りの未亡人軍団!これはなかなかよいカンフー映画タイトルですね(笑)!
      お知らせくださった公式サイトを見れば「2012年中国ラジー賞(金のほうき賞)で4部門すべてにノミネートの快挙!」と自ら書いてある所にある意味愛情を感じますな(笑)。
      ちなみに金の箒賞では、しっかり作品賞に輝き、主演のセシリア・チャンが見事主演賞を獲ったようです。ははは。
      そういえば、あのシンシア・ラスターこと大島由加里さんも出演してアクションを見せてくれているそうで。
      現場で彼女、「老師」とか「師傅」と呼ばれていたそうですよ、うれしいですね。
      なのでここは是非とも彼女の存在もしっかりフィーチャーして欲しかった所。キャストに名前も載せへんとはどういうこっちゃ!実はそこが、大いに不満です。
      それなくして「女ドラゴンと怒りの未亡人軍団」というタイトルをつけるなどと、見方によっては100年早いと言われても仕方ないのかもしれません。

      おっと、おつり出すのにこんなに時間かかっちゃ悪いわね、終電なくなっちゃうわ。またきてね~、ガールズバーなんかに浮気したらウラカン・ラナかますわよ~(笑顔)

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