始皇帝暗殺(原題:荊軻刺秦王 中・日・仏・米、1998年)

演技のすごさにオールOK!となる映画ってあるけど、20年近くぶりに観たら、これはそんな映画でした。公開時の印象よりずっとずーっと面白かったわ。で、キャスティング基準の今昔も感じちゃいましたよ

1998年日本公開時の劇場試写に行って以来なので、おそらく19年ぶり。当時はコン・リーとチェン・カイコー監督しか知らなかったと思う。少し前に姜文が後の始皇帝となる贏政に扮した『異聞 始皇帝謀殺』を観た際、そういや『始皇帝暗殺』ってあったよなぁと思い出したので。

当時は中国の歴史もですが恥ずかしながら始皇帝のことすらよく分ってなくて、そりゃ長くてしんどかったはずだとつくづく。今も詳しいわけでは決してないけど、その頃よりはぼんやり知っているということなのかしらん、大変おもしろかったでやんす。

歴史上の人物というのはロマンを掻き立てるのでしょうか。洋の東西を問わず、創作側はそれまでの単純なイメージを覆したくなるものらしい。春秋戦国時代に初の統一王朝「秦」を作り上げた一方で圧政をもって民を苦しめた暴君を、監督チェン・カイコーは弱さ脆さ無邪気さを加えた人物として描きました。

この作品の主人公はひとりではなく、泰王を殺そうと燕の放った暗殺者・荊軻と、男2人を結びつける縁として登場する架空の女性趙姫、の3人。

キャストは、泰王・贏政に李雪健(リー・シュエチェン)、荊軻に張豊毅(チャン・フォンイー)、趙姫が鞏俐(コン・リー)。始皇帝の生い立ちやどういう風に他国を滅ぼして国家統一を果たしたのかをぼんやりとでも知っていると、存外シンプルなストーリーであります。となると見どころは当然3人の演技ということになりますが、これが素晴らしく良くてね。

特に、泰王リー・シュエチェンの鬼気迫る演技はお腹一杯になるほど堪能いたしましたよ。愛する趙姫の前では子供のように無邪気にふるまい、裏切りには徹頭徹尾冷酷に対処する。それでいて、猜疑心に振り回される弱さと脆さも隠すことなくダダ漏れるその表情の変化を見るだけでも空恐ろしかったし、見応えがありました。荊軻に対する「なぜ笑った?」という台詞は公開時まったく???でしたが、今ならよく理解できる。

対照的に表に一切の感情を現さない男がチャン・フォンイーの荊軻。冒頭彼がまだ暗殺者であった時の刀匠一家虐殺シーンはすごく印象的です。恐らくこの作品中の白眉は周迅(ジョウ・シュン)演じる盲目の娘とのやりとりでしょう。そしてコン・リー演じる趙姫の美しさと芯の強さ。これは主役3人の演技合戦を堪能するための作品といっても過言じゃない。

春秋戦国時代が舞台なので美術にあまり色はありません。その分照明を頑張っております。これでコン・リーがいなかったら相当絵が地味だったろうなぁ(笑)。殺しを止めた荊軻がただの草履編みで再登場した時なんか、あまりのむさ苦しさ汚さに「早く風呂に入ってくれ!」と心の中で叫んだほどです。そうだった、ほんの20年前の中国映画はちゃんと汚い人をリアリティたっぷりに汚く描いてたんだっけと改めて思い出しましたですよ。最近はちょいと顔に汚れをつける程度だもんね。

そして初見時で覚えていた燕の皇太子というキャラクター、今回調べてみて驚いた。燕丹役はコン・リー主演『きれいなおかあさん』や『たまゆらの女』を撮った映画監督のスン・チョウ(孫周)。まじっすか。そして、泰王の宰相・呂不韋はこの作品の監督であるチェン・カイコーその人だったのでした。ひぇー、両監督とも演技がうまいのは勿論、普通に立ってるだけでも存在感ありすぎっしょ!

大陸映画はいうほど観てないのでよくわからんのですが、あっちも香港の内トラみたいに監督が出演することって多いのでしょうか?と、いうかこの役、出番といい演技といい内トラの域ははるかに超えてたよ、驚いたなぁ。

と同時に、今この映画を作るとなると多分燕丹にTVドラマで人気が出た俳優をあて、秦舞陽にはアイドル出身辺りを絶対ブチ込んで来るよね、と想像したりしたのでした。なにしろ小鮮肉(脱ぐといい身体をしてる若手イケメン)のファンは御贔屓に対する出費は惜しまないそうです、いまやマーケティングに欠かせない存在だし、最近の大作では必ず1人や2人キャスティングされてますもんね。そうなると映画の全体の印象も随分変わりそう。色んな意味でこの20年、中国映画は大きく変わったのだなぁと実感させる1本でした。

ところで。
ドニーさんと姜文が共演した『三国志英傑伝 関羽』の曹操がまさにその影響だったのですが、近年は歴史上の人物、特に悪役として描かれることの多かった大物を再検証する動きが盛んなようで、始皇帝も違ったアプローチで研究がされているようです。そんな研究も踏まえ、新たな始皇帝がドラマや映画に登場する日も遠くないことでしょう(すでにあるなら、ごめん)。

そういえば、今度チアン先生がテレビドラマで曹操を再び演じるんだとか。多分、『三国志英傑伝 関羽』に登場した有能な経営者みたいな曹操を膨らませたものになると想像します。うう、それ是非とも日本語字幕付きで観たいなぁ!

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