妻への家路(2014年、中国)

純愛はかくも厳しくそして強い

tumaeno-ieji

素敵な映画でした。以下はとてもネタバレ。好きだからブログに書いてますが自分は中国映画はおろか香港映画のことも実はよく知らないので主演の1人、チェン・ダオミンさんのことは『インファナル・アフェアIII 終極無間』の印象がまったくない・・・すびばせん(いきなり枝雀)。なので実質『HERO』で観て以来となります(これは名優と謳われるにふさわしい演技だった、めちゃ男前だし)。コン・リー(鞏俐)さんは何作か観ています。彼女を初めて観たのは『紅夢』、1991年のチャン・イーモウ(張芸謀)監督作でした。

この映画に関する個人的最大の印象としては、不思議な事にタイトルがまったく覚えられなかったこと。原題は「帰来」。邦題は『妻への家路』
妻への旅路→妻への帰路→妻への帰還→妻への帰途。これ全部私が検索したワードです、ぶっちゃけピンポイントで「家路」だけ何故か全然思い出せなかった、まるでドツボにはまったクイズ番組のようでしたよ(しょっちゅうある)、いや、ほんと、まじヤバいっすよ・・・。

そんな事実があったせいでしょうか、コン・リーが夫の名前をプラカードに書こうとして漢字を思い出せないシークエンスでは異常に反応してしまいましたわ。

監督チャン・イーモウはゲリン・ヤン(厳歌苓)の小説『陸犯焉識(The Criminal Lu Yanshi)』からエピローグの部分を抜き取って映画にしました。自分は未読なのですが、この原作実はチェン・ダオミン演じるルー・イエンシー(陸焉識)が文化大革命で糾弾され逮捕される前から物語は始まるそうです。何故、そこからエピローグだけを抜き取ったかはこちらのインタビューで監督が語っています

文化大革命、通称「文革」のことは真っただ中当時何ひとつ分りませんでしたが、恐らく中華人民共和国を多分最初に意識したのはBBCのテレビシリーズ『空飛ぶモンティ・パイソン』の1976年日本初回放送でしょうか。そのなかで毛沢東を比喩したテリー・ギリアムのアニメが何度も流れたので意味は分らなくとも、ただならぬことになっている国なんだろうということは子供ながら薄っすらと感じていました。

当時はまだ竹のカーテンなどと言われ中国の実際の様子は日本でほとんど伝えられなかった時代。それからすぐに江青、張春橋、姚文元、王洪文の四人組が逮捕され、そんなことも忘れかけた頃、毛沢東の妻江青が死刑判決を受けたニュース映像で彼女が、日本で言うところの廷吏に引きずられながら「私に過ちはない。もしあるとすれば、ただひとつ、それは権力闘争において、おまえたちに破れたことだ!」(この言葉は後から補填)と叫び続けた姿を強烈に覚えています。

その後徐々に文革のことが日本でも報道され、自分も1984年にドキュメンタリーの仕事で中国の雲南省昆明、西双版納タイ族自治州と北京、上海、大理、広州と1か月間にわたって滞在していたことがありました。その時の通訳兼ガイドとして一緒だった2人のうち男性は元教師で、この映画の主人公ルー・イエンシーと同じように弾圧され後に釈放されたお1人だったのでしょう。その時の心の傷はまだ癒えずに生々しく残っていたはずで、まして外国人相手です、1か月ご一緒でしたがご自身のこと特に過去については話したがりませんでした。

もう1人は女性で、今思えば年齢的に、都市の青少年を地方農村に送り込み肉体労働を義務付け思想改造を実践した文革時代の過剰な政策「上山下郷運動」(じょうさんかきょううんどう)によって「下放」された経験を持つ人だったのだと思います。私が日本から持ってきた猫がプリントされたTシャツ(当時は人民服を着た人達が北京や上海にもたくさんいて、なるべく地味な物を選んだつもりだった)を渡すと「外では着られないので自宅で着ます」とおっしゃり、それに不思議そうな顔をしたんでしょうね、「ただでさえ外国人と一緒にいる仕事なので、あまり目立つ事をすると“精神汚染”されているとすぐ言われてしまうんです」と付け加えました。同じ女性同士だったので彼女とは様々な話をしましたが、その最初の軽いパンチでなんとなく経歴を聞いては迷惑なのかもと感じたことを思い出します。

映画の話に戻ります。

監督はルー・イエンシーという当時の知識人が、文化大革命というとてつもない荒波にさらされ長い時を経てやっと家路につくまでを描いた大河小説の最後の部分に絞って映画化。理由はいくつかあるようですが、結果それで共感されやすい美しい純愛の物語として昇華されました。

文革とは家族が物理的に離れ離れになるだけではない、全ての文化精神を破壊し尽くし、それだけでなく社会にとって根幹を支える信頼のすべてを崩壊させ、事実だろうと嫉妬ややっかみからくる事実無根だろうと構わず隣人を密告し同僚を密告し友人を密告し生徒が先生を密告し子が親を密告するという底知れぬ恐怖の世界を産み出したのです。

自分が泣いたのは娘丹丹の「わたしが父さんを密告したの」という告白に「知ってるよ」となにげなく父が答えた言葉に娘が涙するシーン。彼女が赦されたこの場面はこの映画の1つのハイライトでありました。

しかし同時に妻は夫のことだけを思い出せず、彼は昔よく弾いた曲をピアノで演奏することで妻の記憶を呼び戻そうとする。次第に蘇る妻の記憶。しかし顔を見合わせ涙をこぼす夫婦の表情に次の瞬間浮かぶ拒絶とそれに対する絶望。名演技すぎ。

あろうことか彼女が勘違いしているのはかつて権力を楯に暴力と性的に虐待した党の幹部だった「方さん」という男。中盤明らかになるこの設定には胸が詰まります。結局彼女は最後まで赦しを得ることも癒されることもなく、ひたすら夫の帰りを待つという哀しみの時間を繰り返すしかないのです。

夫はその方という男に復讐しようとおたまを持って自宅まで訪ねてゆきます。しかし、男は文革後の揺れ戻しですでに粛清され逮捕されている身でした。

救いは夫が、決して方ではなく「手紙を読む人」としてでもいいから彼女のそばに寄り添い続けようとする姿です。涙ぐましいまでの努力の行きついた先にあるラストシーンは静かながら圧巻。

チェン・ダオミン、コン・リー、そして娘を演じたチャン・ホエウェン(張慧雯)この3人の演技を見るだけでも自分にはお金を払う価値は充分にありました。この文革という時代を見事な純愛の物語として紡いだチャン・イーモウ。すべては結果オーライ。次作はマット・デイモン主演の超大作らしいですがまたコン・リーと小作で組む時がくるのを楽しみにしています。

妻への家路公式サイト

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妻への家路(2014年、中国) への2件のフィードバック

  1. 岐阜の『ともっち』 のコメント:

    はじめてタブレット端末にてコメントしています!
    コン・リーといえばチャウ・シンチーの『ゴッドギャンブラー3』に出ているのを知ってますか?
    あの頃は、かのン・マンタとコンビを組んでいたときでしたね〜。
    今は仲が悪くなったんやろか(笑)?

    • ケイコママ のコメント:

      わお知りませんでした、教えてくれてありがとう、今度捜して見てみたいもんですねぇ。
      ン・マンタさんは少林サッカー以降共演がないんでしたっけ。色々言われてますがどうなんでしょうか。
      たとえ評判悪くても、作る映画はヒットさせちゃうし観ればやはり個性的だし、凄い才能ですねシンチーさん

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