フライング・ギロチン(香港・中国、2012年)とアメリカン・ドリーム・イン・チャイナ(原題:中國合夥人・中国、2013)

ピーター・チャンが血滴子を描くとこういうことになりやした。で、かなうことなら『中國合夥人』と一緒に観ることをお勧め。

フライング・ギロチン

プロデューサー:
ピーター・チャン(陳可辛)
監督:
アンドリュー・ラウ(劉偉強)
動作設計:
リー・タッチウ(李達超)

出演:
ホアン・シャオミン(黄暁明)
イーサン・ルアン(阮經天)
ショーン・ユー(余文樂)
ジミー・ウォング(王羽)
クリス・リー(李宇春)
ウェン・チャン(文章)

うーむ、血滴子(けってきし)、ギロチンとくれば速攻ジミー・ウォングを思い出す人の方が日本じゃ多いだろうなぁ。

とりあえず血滴子映画のおさらいからしますか。
血滴子とは帽子のような形をした武器のことで、それを飛ばして敵の頭にかぶせると首の部分から歯が飛びだし、鎖を引くと首が切れてしまうという世にも恐ろしいもの。
血滴子とは武器の名前であり、それを使う部隊の名称でもあったりします。

そもそも映画でこの空想の武器、血滴子を登場させたのは1975年ショウブラ制作、チェン・クアンタイ主演の『空飛ぶギロチン(原題:血滴子)』が最初。
翌76年には、みんな大好き私も大好きジミーさんの『片腕ドラゴン対空飛ぶギロチン(原題:独臂拳王大破血滴子)』を香港第一影業機構が制作。動作設計は 劉家良、家榮兄弟。
それ以外にも、カーター・ワン主演『陰陽血滴子 (77)』、台湾映画の『盲坊主対空飛ぶギロチン(77)』、ティ・ロン主演『続・空飛ぶギロチン~戦慄のダブル・ギロチン(78)』、オリジナルと同じ監督であるホー・メンファ(何夢華)の『血芙蓉(78)』などがあり、それ以降も武器として空飛ぶギロチンを使用した映画はワンサカあったりします。

で、この2012年版ですが、まず最初に感じたのは、ピーター・チャンってすんごくショウブラを愛していて、しかもこの初代『血滴子』が異常に好きなのかもしれないということ。の証拠に、こちらの映画はジミーさんのギロチンではなくて初代のチェン・クアンタイのリメイクと一応言われているようです(あくまでも「ようです」)。

オリジナル『空飛ぶギロチン』の脚本を担当したのはのちに香港でもっとも有名な作家となる倪匡(ニー・クアン)。
ここでは血滴子と言う武器が生まれた瞬間から、改良、そしてそれを使いこなす訓練までを実に丁寧に描写してあり、これさえ見ればその威力を実感できるようになってるのがまずスゴイ。
その部隊の一番の遣い手である主人公が、やがて血滴子という組織に疑問を持ちそこから逃げて追われるというストーリー。その間にいきがかりで助けてもらった女と所帯を持ち子供ももうける、が、執拗な組織はとうとう彼を捜しあて最後はギロチン対ギロチンという凄惨な戦いの火ぶたが切って落とされると言うブラボーな展開でした。

ほうら、これを読んでピーターと言えば、なんとなく想像する映画がもう一本あるでしょ?
そう、あのドニー・イェン金城武主演の『捜査官X』ですよ奥さん。つまり彼はこのショウブラ『空飛ぶギロチン』へのリスペクトを『フライング・ギロチン』と『捜査官X』 という2本に渡ってやってしまったようです。

しかし、そこはピーター・チャン。
チャン・チェ監督の『ブラッド・ブラザース 刺馬』がジェット・リー、アンディ・ラウ、金城武の『ウォー・ロード』になってしまったように、この作品も『ウォー・ロード』化しアクション成分は結構少なめで、全編にわたってギロチンが飛びまくることを期待すると肩透かしをくらうかもしれません。(今となって思えば捜査官Xはアクション監督をドニー・イェンがバリバリにやったのでウォーロード化を避けられた、むしろ稀有な例なのかも)
ジミーさんの破天荒なギロチン勝負を期待すると困ってしまうでしょうが、そこはピーター・チャンだから仕方ないと諦めてください。(の、割にはいきなり十三太保名物の五馬分屍とか出てきて面喰ったりもするけど)

その代わり、ウォーロードでも味わった抗えない時代の流れに翻弄される人間の姿と無常感はたっぷりと堪能できます。ゲスト出演しているあのジミー・ウォングですら無念の人となってしまうのですから筋金入り。

そこで、10月に映画祭で観ることが出来たピーター・チャンの新作『アメリカン・ドリーム・イン・チャイナ』(原題: 中國合夥人、2013)を、ふと思い出した自分。
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監督:
ピーター・チャン

出演:
ホァン・シャオミン
ダン・チャオ
トン・ダーウェイ

音楽:
ピーター・カム

主演である二枚目のホアン・シャオミンが冴えない田舎者の大学生を演じるということと、そのダサいビジュアルが話題を呼び、近年なかなかヒットに恵まれなかった監督にとっては起死回生の5億元を超える人気作となりました。

80年代終わりに大学生として青春を送った3人の若者が挫折を経て小さな英語の私塾を始め、やがて中国大陸で一大教育企業として成長させるという実話を元にしたストーリー。
実はこの映画、すんごく面白かったのですが、自分にとってはひとつ気になることがあって評価をしずらい作品でもあったのです。

それは80年代から90年にかけての中国にとって最も大きな出来事、「天安門事件」はやはり絶対に触れないんだな、ということ。
現在の内地において「天安門事件」というのは、当局によってまったく「なかったこと」にされています。当然学校では教わりませんし、報道関係の記録として登場することもなく、ネット規制のされている中国大陸では「天安門事件」というワードで検索しても何も出てきません。

いくらその時代を舞台にしても、天安門事件を描くどころかその言葉を言わせることすら「検閲」という制度を抱える中国では不可能なことなのです。
なのに何故ピーター・チャンがあえて、それを体験しただろう「大学生」を描くことにしたのか、特に前半で描かれる彼らの自由への憧れや息吹が生き生きとすればするほど、「知らぬ存ぜぬ」では他の監督ならいざしらず、少々複雑な気分になってしまったのです。

が、その後、よく拝見しているブログ『マダム・チャンの日記』の2013年11月3日のエントリー「ピーター・チャンは只者じゃない」を読んでいて合点がいきました。なるほど、あの場面にはそういう意味が込められていたのかと。正直、恥ずかしながら自分は気がつきませんでした。とほほ。

このブログを読んで、再び今度は『フライング・ギロチン』を思い起こすと、銃器に淘汰され捨てられる血滴子という秘密部隊の哀れさが意味するものを想像してしまいます。
舞台は清朝、弾圧されているのは漢人であり、その歴史がのちの辛亥革命に繋がるわけですが、額面通りに受け取ってしまうのもつまらない。
まさしく『ウォー・ロード』がそうだったように、恐らく彼はここでも、淘汰する側、されゆく血滴子やあえて預言者として死んでゆく天狼という人物に、現代中国とそれによる軋轢をなぞらえたかったのかもしれません、てか、そう考えでもしなきゃ勿体ないお化けがでますね、多分。

ところで、この『フライング・ギロチン』を私がお手伝いした「京都ヒストリカ国際映画祭」で上映した際、『ソード・アイデンティティー』や『ジャッジ・アーチャー(原題:箭客柳白猿)』を撮った中国の徐浩峰(シュ・ハオフォン)監督とトークショーをする機会に恵まれました。

この作品の資料にと自分なりに「血滴子」のことを調べていたら、うんと昔、それこそ明代に遡るほどの昔の武侠小説に、ギロチンのように空を飛び人を襲う武器が登場するという一文を読みました。そこで、武侠小説家でもある監督にご存知かどうかを尋ねたところ、「血滴子」というのは実在したというお話を聞いたのです。

実は、雍正帝の時代、当時子供だった乾隆帝は近習たちと宮中でよく蝉取りをして遊んだそうです。蝉を取るための道具は長い棒の先に練った米をつけた「とりもち」。当時の宮中では赤米を食べていたので、その棒についた赤い餅を「血滴子」と呼び、いつしか近習たちの呼称になったのだとか。

監督曰く、その血滴子という言葉から宮中を知らぬ庶民が想像したのが今の血滴子という空想の武器や部隊に繋がったのかもしれない、ということでした。しかし、この血滴子、なかにはその後乾隆帝の特務となった者もいたそうで、そう思うとこのピーター・チャン監制、アンドリュー・ラウ監督の『フライング・ギロチン』なかなかいい着眼点を持ってると言えるのかもしれません。

なお蛇足ですが、この映画に登場する雍正帝は、監督アンドリュー・ラウの内トラ(笑)。味をしめたのか最近結構出てますね。しかも古装率高し。

寰亞電影《血滴子》終極預告片 2012.12.27 戰新天
《中国合伙人》终极预告
↓チェン・クアンタイ主演のはこちら、こっちの方が血滴子という武器の感じがわかるかと。
The Flying Guillotine (1974) Shaw Brothers **Official Trailer** 血滴子

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フライング・ギロチン(香港・中国、2012年)とアメリカン・ドリーム・イン・チャイナ(原題:中國合夥人・中国、2013) への5件のフィードバック

  1. ともすけ のコメント:

    京都ヒストリカ国際映画祭。
    実はママさんのブログで開催を知り、11月30日~12月1日に、東京から伺いました!
    「ソード・アイデンティティ「フライング・ギロチン」「ジャッジ・アーチャー」「風と共に去りぬ!?」
    どれも面白かったです!!

    もちろんトークショーも、興味深く拝見しておりました。
    シュ・ハオフォン監督の形意拳の実演に「おおお」となり、
    「血滴子」由来に「へええ」となり
    「溝口が好き」のセリフに「西鶴一代女を探してみよう」という気になり、
    充実の1時間。
    映画祭、他に観たいのもありましたが、そこはやはり会社勤めとしての縛りがあり…涙。
    しかし、映画祭はこれが初体験だったのですが、本当に貴重な時間を持てました。
    本当にありがとうございました~。

  2. 田村登留 のコメント:

    ごぶさたしています。フライング・ギロチン楽しみですが、僕がもっともカンフー映画でガーンっと来たのが「空飛ぶ十字剣」です、これは中学生の時、立体映画で見ました、首が目の前飛んでくる、武器は目に刺さりそうになる。 これ以来、今まで見た立体映画なんて何のインパクトも無くもう一度見たくて仕方ありませんでしたが、3年前に外国でもぐりで16ミリフィルムや35ミリフィルムからテレシネしたものをDVDで販売している奴を見つけました。 買ってしまいました、それもおまけにもう一本カンフーの立体ものを入れてくれてました。
    しかし正式に販売されるのを待っていたら、昨日なんと誰かが同じ出所のものをYoutubeにアップ(空飛ぶ十字剣 3Dバージョン)していました。  でも青赤じゃなくて今のReal3Dグラスで見てみたいです。

    • ケイコママ のコメント:

      ともすけさん
      わーーーーー、東京からわざわざありがとうございます!
      徐浩峰監督の二本は素晴らしかったですね、あまり年間ベストなんとかって決めたことはないんですが、自分にとって文句なくこの二本はTOP3に入ります。
      あまりの衝撃に何と書いていいのか、本当は徐さんとのお話も含め早くまとめなきゃ忘れそうなのですが、文才がなさ過ぎてまとまりません、困った・・・。次作『師傅』も期待しましょう、キャストは誰になるんでしょうね、ってまたあの2人だったりして(笑)

      田村登留さま
      「空飛ぶ十字剣」ご覧になってるのですね、すんごい。
      私は話にしか聞いたことがありません・・・・のですが、なんとアップされているとは驚いた。さっそく青と赤のフィルムを買って来なくては。
      写真しか見たことはないのですが、ものごっつい大きな十字の武器だったような記憶が。
      自分、有名な俳優さんしか知らないので多分出演者は馴染みがないと思います、とっても楽しみです。

  3. 岐阜の『ともっち』 のコメント:

    椎名林檎の『熱愛発覚中』を絶賛ヘビロテ中のともっちです。
    理由はPV観たらわかるかも・・。
    http://www.youtube.com/watch?v=YS-ENPANUx8
    このPV作った人のセンスを大いに評価したいところですね。
    前置き長くなりましたが(いつものことだけど・・笑)、僕も京都文化博物館での『フライング・ギロチン』上映にこっそり参加していました。
    ママさんのピンクのブラウス素敵でしたね。(なにげに中華風の立て襟でしたし・・笑)
    映画の感想を少しだけ。最初は凄く良くてテンション上がりましたが、途中からちょっと退屈してしまったかも・・。移動の疲れでちょっとウトウトしたことも・・。
    シャオミンの扱いが残念に思えたのは僕だけではないと思います。
    エンディングで主要キャストが主題歌を歌うあたり、『無間道』を思いだして・・(笑)。
    『アメリカン・ドリーム~』はもちろん未見ですが、大学生で3人の男がって設定で、香港でもロングランヒットをしたあのインド映画をちょっと意識したところ、あったりしませんか??
    『きっと、』(笑)・・あると思います!!

    • ケイコママ のコメント:

      おおおお、これは下村勇二さんのコレオグラフしたPVっすね!
      下村さんって結構色んなPVでアクションの動きつけてらっしゃるみたいですね

      わざわざ岐阜から京都に本当にありがとうございました
      ゆっくり話すタイミングもなくって残念でした、ごめんなさい
      ギロチンは、まぁほとんどの人が「もったいない」と思ったかも(笑)
      あの題材なのにねぇ

      『アメリカン・ドリーム・イン・チャイナ』が『きっと、うまくいく』に触発された、あるかもしれませんね、なるほど~

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