ミシェル姐さん祭り①スタント・ウーマン~夢の欠片(96年・香港)

監督
許鞍華(アン・ホイ)

出演
楊紫瓊(ミシェル・ヨー)
洪金寶(サモ・ハン・キンポー)
黄家諾(ジミー・ウォン)
孟海(ホイ・マン)
張家輝(ニック・チョン)

武術指導
程小東(チン・シウトン)

映画「桃姐」(英名:A Simple Life)で今年2011年の台湾電影金馬奨にて最優秀監督賞を受賞し、過去にも数々の映画祭で作品賞、監督賞に輝いた香港の女性監督アン・ホイ。

彼女が、あの女武打星ミシェル・ヨーを主演に撮った作品、といえばそれだけで結構期待は高まります。

タイトルの通り、映画のスタントウーマンとしてその世界に飛び込んだミシェル姐さんが、サモハンをボスとするチームの武打師として働きはじめるところから物語は始まります。

当然、当時の香港映画のバックヤードがふんだんに描かれて、そこが無条件におもしろい。
その凄まじさは時々耳にしたり読んだりしたことはあるけれど、心底大変なんだろうなというのが映像を通して伝わってきて、それだけで興味が湧いてきます。
加えて、現場の過酷さだけでなく、裏社会との付き合いや関係性なども盛り込まれ、まさに返還前の香港の混乱した映画界の空気が、あちこちから滲み出ている。

そういえば現実に、香港映画界を黒社会から守ろうと成龍やアンディ・ラウが先頭に立って撲滅運動デモをしたのは確か1992年。
この辺りの黒社会とのエピソードを絡めてくるところなどは、アン・ホイの一筋縄ではいかないところかもと思ったりしてしまうほど。

一方でそんな環境にもめげず、サモハンのスタントチームのメンバーの結束はすごく固い。
一見ちゃらんぽらんにも見える彼らがいかに互いを信頼しているか人情味に溢れているかというエピソードにもこと欠かず、アクション映画でよく見る○○班という呼び名が単純に仕事仲間ということではない、まさに「命を預けたり預けられたりする特別なチームなんだ」という雰囲気が理解できる描き方にはかなり好感が持てます。

特に登場するキャラとして、そのチームを束ねるサモハンが、とにかくいい。
香港映画のスタントチームのボスってみんなこんな感じじゃなかろうかと想像させるほどの親分肌と無謀なまでの無計画性と、裏社会とも渡り合う肝の据わり方。
とても魅力的で、この役は彼にしか演じられなかったのではと思わせるほどのリアリティに満ちていました。

そんななか、スタントウーマンとして活躍するミシェルは女性。
女だからと仕事に妥協はないけれど、やはり恋もし、自分の行く末を不安にも思っている。
ある日彼女はひとりのバーの経営者と恋仲になります。

彼に乞われスタントの仕事を捨てて、彼が開いたカラオケバーの支配人として大陸に渡る彼女。離れ離れの生活にも耐え新しい生活を必死で生きるヒロイン。

しかし、そこはアン・ホイ。
まさかそこで彼とラブラブ、事業も順調にいって結婚メデタシメデタシとなるとは思ってなかったけどさ。
それにしたって、地元のヤクザにさんざ営業妨害され、しかもその裏で糸を引いていたのが他の女と一緒になろうとしたその恋人だった、てのは可哀そすぎる。

ヤクザにビール瓶で頭を殴られ、なのにその痛みよりも彼が別の女といちゃこらしてるのを見たショックの方が強烈なんて。
彼女が男にだまされて、夢破れる悲しみは女性として共感するところはたくさんある、けれど、彼女が血を流しながら茫然とその場を去るなんて涙なくしては見られないよ。
監督、そこまでミッシェル姐さんに辛くあたらなくても!と叫びたくなってしまいました。

結局、彼女の戻ったところはサモハンチーム。
しかし、ここからなぜか話は怪しい方向へ。それまでは、よく出来た青春物語の風情だったのが急激にアクション映画の定石、復讐の物語へと舵が切り替わる。

これはただの想像でしかありませんが、ひょっとするとこの映画、ミシェルが主役なのにあんまりにも内容がドラマに片寄っていることに「どこかから」横やりが入ったのかもしれない、そんなことを思わせてしまうほど唐突に色合いが変わってしまいます。

気がつけば、急ピッチでまるで「グロリア」のごとく残されたサモハンの一人息子を抱えたヒロインが逃亡、復讐に走るというアクションの王道へと。

正直、ミシェル姐さんのファンとか香港アクション映画のファンじゃなければ、このチグハグさは、しんどいかもしれない、と思います。

でも自分がこの映画を書き残そうと思ったのは、やはり前半のスタントマンとして映画界で生きる人達がイキイキとしていて心に残ったから。その中心が男でなく女性だったと言うところにも魅かれたのかもしれません。

セクハラパワハラもある、けれど、それを超えたところにも何かがある。そう思わせてくれる部分はある意味(善悪の判断はおいといて)性別を超え共感する人は多いかも。

また、主役のミシェルのひとつひとつの表情も新境地といっていいほど素晴らしく、この翌年に「栄家の三姉妹」で見せたアクションなしの女優としての演技力、その片鱗を、この映画でアン・ホイは見事に引き出しています。(そして、その宋家の三姉妹を撮ったのは、同じように数々の映画賞に輝く女流監督、メイベル・チャン)

そういう意味では間違いなくミシェル・ヨーというひとりの女優の分岐点になった作品である、と申し上げていいのでないでしょうか。

最後に、ミシェルを騙す優男役には映画「COOL」でも元同僚の主人公を騙して彼を冷血な殺し屋にした、黄家諾(ジミー・ウォン)。この頃は優男系の悪役として活躍していたのでしょうか。

そして姐さんの同門に80~90年代のゴールデンハーベストで時々その顔を見かけたユン・ピョウに激似のお兄ちゃん。

この機会にと名前を調べたら孟海(ホイ・マン)という俳優でした。長髪を後ろでひとつにまとめて、実に私のイメージする彼そのものの姿でございました。

スタント・ウーマン予告

 

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