サイトシアーズ 殺人者のための英国観光ガイド(Sightseers 英、2012年)

冴えない40前の男女が付き合いだして初めての旅行、キャンピングカーでイングランド北部を巡るという旅に出る。このカップルが美男美女じゃないフツーの男女というキャスティングが、めっちゃミソめっちゃイギリス映画。ネタバレ。

ハリウッド製のサイコパス風な美男美女では絶対この味わいにはならない。今作の笑いどころは、まさしくこの冴えない男女にあるんだもの。

旅に出た2人がウキウキハイウェイを飛ばすシーンで流れたのは、Soft Cell の Tainted Love 「あなたの愛は汚れてる、今すぐここから逃げなきゃ」と歌う1981年のUKヒットソング。うっわ、懐かし!てか、ハッピーカップルにそれってどんな皮肉や。

おもしろくなってきたのは、女がいとも簡単に殺人を犯し始めてから。

すると、あろうことか男の方がドン引きし始める。

お前だってワケワカラン理由で連続殺人してるやろ!と総突っ込みするとこですが、彼には彼なりのルール(笑)があるそうな。いや、ルールといったってコロコロ変わる代物で別に厳格なわけじゃないし、他から見れば2人とも些細な事でキレた身勝手な殺人犯でしかない。

男は自分のした事を女から赦され理解されたい。だから彼女は彼を理解していることを示したくて殺人を犯す。

しかし男は、同じことを誰かにされるのが嫌なんですね。自分は特別な人間であるはずで主導権を常に持つべきなのに、それを自分のガールフレンド、しかも「まったくもってイケてない地味で誰かに支配されるために生まれてきたような女」が勝手にすることが許せなくて、自分が殺人をした後はめっちゃハッスルしたのに、とたんに彼女とのセックスにも興味がなくなる。実にわかりやすい。

そこに彼を笑顔にする別の存在、キャンプチャリの男マーティンが登場します。彼にとって一番の存在でなくなったことを感じとる女。

そして女の方も彼が寝ている間にこっそり彼のノートを盗み見て知るのであります。この男は才能など持ち合わせておらず小説を書く気などないことに。

かといって、彼を手放す勇気もない女は賭けにでた。マーティンを誘惑し、うまくいかないとみるや今度は嫉妬を利用して恋人を繋ぎとめる方向にチェンジ。しかし、それも徒労に終わり、彼女は新たな友人を殺す。なぜならそれしか方法が思い付かなかったから。「お前は母親と同じだ、依存しかできない」一番言われたくない言葉を男は投げつけます。

その言葉に激昂し馬乗りに掴みかかった女の真の姿がここでようやく表に現れる。彼女の一番の弱点を掴んだ男は、やっと主導権を取り戻した気になったのか「劇薬みたいな女だ」と彼女にキスをする。そこでかかるのが Frankie Goes To Hollywood の名曲 Power Of Love なんでありますよ。

なんという渾身の皮肉。魂を~清める~愛の~ちから~などと滔々と歌われるなか、2人はキャンピングカーを焼き最終目的地リブルヘッド陸橋へと手を繋いで向かう。わははは。

で、そこで待っていたものは。

エンディングロールでは冒頭の Tainted Love をオリジナルの Gloria Jones が歌ってる。ツボにはまる選曲は、本作の製作総指揮をつとめたエドガー・ライトとその愉快な仲間達(今作の監督はベン・ウィートリー)と同じ曲を自分がリアルタイムで聴いていたからなんでしょう。どんな曲がかかるのか、この愉快な仲間達の作る映画での楽しみのひとつになっています。

さて、この意地の悪い脚本は主演の2人、アリス・ロウ、スティーブ・オラムが書きました。殺人は単なる記号であり、そこに仕事や趣味、政治、モラル、理想の家庭像を当てはめてもいい。世界中にたくさんいる夫婦やカップルをデフォルメしたような映画です。バンジョー、ポピーと違う名で呼び続ける犬は、そんなカップルの子供みたいな存在で、すれ違いは永遠に呼び名すら同じにすることはない。

88分という短さもあって、私はこれを長編「スケッチ」と捉えて見ておりました。実際、この主演脚本はコメディ畑の人達だし。

これが笑える人は、幸せな人なのでしょう。むしろ少しでも幸せだと確認したくて笑ってるのかもしれません。関係のあまりのリアルさに傷つく人はこれに泣き、呆れたり怒る人に対しては「ご愁傷様」と製作者が鼻で笑うような、そんな意地悪さに満ちている。それこそが皆が有難がる英国ブラックコメディの面白く、またクソなところでもあります。

『サイトシアーズ~殺人者のための英国観光ガイド~』予告編
Soft Cell – Tainted Love
Frankie Goes To Hollywood – The Power Of Love
Gloria Jones Tainted Love Original 1964-5
このナンバーは2001年にマリソン・マンソン先生もカヴァーしていたりする。
Marilyn Manson – Tainted Love HD

追記:Frankie Goes To Hollywood の Power Of Love はMVが東方の三賢者とキリストの誕生なので、なにやら宗教的なイメージがあるそうだけど、彼等を知ってるとちょっとにわかに信用できない。なにしろ、歌詞の締めが Make love your goal なので。Make love のあの強調の仕方といい、そのまんま受け取っていいと思うし、その二重のイメージがあると踏まえた方がこの映画にふさわしいのでは。

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