チョコレートドーナツ(Any Day Now 2012年・米)

この記事はチョコレートドーナツのレビューではありますが、なぜかおまけ部分にドニー・イェンファンの妄想が入ってることをあらかじめお断りしておきます、注意!

adn

チョコレートドーナッツを観ました。実話をモデルにした映画。

ルディ役のアラン・カミングは若いころのエリック・アイドルに似ている。絶対どこかで観てるよなぁと調べたら『タイタス』のゲスいサトゥルニヌスだ。その時もエリックに似てると思ったことまで蘇りました。映画やドラマで活躍しておりますが舞台ではトニー賞も獲ったことがあるという演技派です。

この作品の舞台は1979年。アメリカ・カルフォルニアですら同性愛者は激しい偏見と差別に晒され、それが原因で仕事を解雇されても訴えることができず、ましてどんなに子供を愛していても養育することを司法によって拒絶された時代。

1979年といえば、私はすでに16歳です。化粧してきらびやかな衣装を纏い歌ったグラムロックなんてとうの昔からあり、当時のポップスターがバイセクシャルであっても別に驚きもしませんでした。

同人誌や二次創作なんて何ひとつ知らなかったけれど、同じ高校のカヨちゃんと「ぐるぐるまんが」のノートをやりとりしていて、私ですらそこではDボウイとかフレディ・マーキュリーやジュリーに学校の女子の制服着せてたぞ?

16歳の私にこの映画を見せたら、そんな文化と制度の乖離の大きさや根強い差別の存在にショックで寝込んでしまったかもしれません。かといって、それから30年近くたっても偏見や制度が解消されたかと言えば今も苦しむ人はなくならず、世界中では今なお同性愛者であることを犯罪とみなす国も多くあります。

その頃の自分は30年後には、性別に関係なく結婚ができ子供ももてるようになるのだと楽観的に想像していました。当時はLGBTという概念もなかったけど、これほど社会通念が強固でしかもそれに父権性と宗教政治が大きく関与しているとは知る由もなかった。

今年4月、大阪で男性カップルが養育里親に認定されたというニュースが話題になりました。そして5月には台湾の司法最高機関が「同性同士での結婚を認めない民法は憲法に反する」という判断を下しています。この判決はアジア初の同性婚認可に繋がる一歩になりました。

このニュースを非常に喜ばしい事と受け取るとともに、ここにたどり着くまでにどれだけの名もなきルディとポールやマルコがいたかと思いを馳せます。道のりはまだまだ半ばにすぎないし、国によって状況も大きく異なります。しかし、彼等の様に自由に生きるために声を上げてきた人達がいるからこそ、この道は続いてきたのだと。

そしてこれは、様々な困難のなか居場所をみつけられなかった3人がひととき、本当に心から安心でき愛のあふれた場所を見つけたことを大事に思える物語です。そこには性別も病気も関係ない。これは私たちみんなの物語でもあります。人からその場所を奪う事がどれほど残酷か。

ラストでルディの歌うI Shall Be Releasedには胸が締め付けられました。

私がこの曲を初めて聴いたのは、本家ボブ・ディランでもザ・バンドでもなくルディが憧れていると話したまさにベッド・ミドラーヴァージョン。彼女の2枚目のアルバム、Bette Midler(1073年)に収録されており兄がレコードをダビングしてくれました。このアルバムをどんだけ聴き倒したことでしょう。

アランのI Shall Be Releasedは、この歌を初めて聴いた時の衝撃が蘇ったように震えました。
I Shall Be Released – 映画「チョコレート・ドーナツ」より 【日本語字幕】
この映画を見終わってすぐにベッド・ミドラーのライブ動画を観たら号泣してしまったのことよ。
I Shall Be Released – Bette Midler – Divine Madness

チョコレートドーナツ予告

I Shall Be Released – Bette Midler(アルバムヴァージョン)

choco

さて、ここから、全く違う話になって申し訳ありません。最初から謝っておきます。ドニー・イェンファン以外は読まないほうがいいです。妄想注意!

この映画でルディを見た瞬間、私はこの役をドニー・イェンにやってもらいたいと思いました。アラン・カミングとドニーさんの共通点なんか笑うと歯茎が出るというくらいしかないにも関わらず。いや、ドラッグクィーンのドニーさん似合うだろうなと閃いたのも当然ある。時々目にする「この配役を別の俳優にやらせたら・・・」という想像を、今の今までしたことがなかった私です。正直びっくり。

男くさい俳優がどちらかというと苦手なのに、それでもバリッバリの武打星であるドニーさんが好きなのは、着痩せするところや首が細く小柄で、演じる役にミソジニーをほとんど感じさせない部分、そしてなにより本人のキャラが大きいのでしょう。

たとえパンイチを見せても雄としての威圧感で迫ってこない不思議さは、「どう?かっこいいでしょ」というベクトルが、相対的なセックスアピールで向かってくるというより「誉めて誉めてほーめーてー」という子供の承認欲求に近いものを感じるからかもしれません。

ええーと、監督はピーター・チャンでお願いします。ポール役はコリン・チョウで。導火線のラストファイトを形を変えて再び(笑)。背も高いし、「絵にかいたような美男」すぎない感じがいいのではないでしょうか。彼がビジネススーツで法廷に立つ姿はきっとホレボレするにちがいない。あ、ジャッキー・チュン(張学友)もありっす。

映画を観ながら、マルコに対する慈愛に満ちたドニーさんの笑顔が目に浮かぶようでした。すみません、ほんまにただの妄想です、だから笑って流して。

カテゴリー: film タグ: , , , , , , , , , パーマリンク