僕たちの家に帰ろう( 家在水草豊茂的地方、2014年・中国)

父の元へ帰る旅は淡々と続く。幼い兄弟の仲は悪い。そしてラクダは故郷を覚えていたが、そこはもう豊かな牧草地ではなかった。たった数年後なのに。寓意に満ちた少年のロードムービー。

広大な中国大陸でわずか1万4千人しか存在しないという少数民族ユグル族。そのユグル族の幼い兄弟が主役です。弟アディカーを生んだために母は身体を壊し、そのため兄バーテルは祖父の家に預けられていました。遊牧民の両親は農地開拓や工業化の影響で砂漠化してしまった土地を離れ、はるか遠くに牧草地を求めて子供達とは別に暮らしています。

弟アディカーが、両親や兄と離れて住んでいるのは学校の寮。何度か父と放牧に出る機会があったため、そうではないバーテル対して負い目のある父は常に兄にだけおもちゃを与え服を買う。

兄が暮らしていた祖父の家では井戸が枯れたため、とうとう大切な羊を売る日がやってきます。やがて祖父が亡くなり、夏休みに迎えに来るはずの父も来ない。兄弟は父親が放牧する地を目指し、ラクダに乗って河を辿った旅に出る。

厳しい旅です。その始まりに祖父の馬を祖父母の墓の前で解き放つ兄バーテル。これから続く砂漠の厳しさに馬の水までないことを知っての行動です。この旅ではいくつかの別れや出会い、そして兄弟の生い立ちからの確執が、淡々と、しかしリアリティを持って綴られており、シルクロードの一部である“河西回廊”を背景にしたスケールの大きな映像は見事。

延々と砂漠の続く2人のゆく手には、かつての井戸は枯れ川が干上がり、廃墟と化した村を抜け、枯渇した湖の真ん中に場違いなボートが打ち捨てられております。

飲み水もなくなり、脱走したアディカーのラクダを兄弟は必死に追いかけます。行きついた先は、ほんの数年前、緑の草原が広がり眼下に水をたたえた川が流れていたはずの場所。夏を過ごした故郷を覚えていたラクダは自らの死に場所をそこに選んだのでした。

瀕死のラクダの血を飲もうとナイフを取り出した兄にアディカーは感情を爆発させ、互いに怒りをぶつけあい、アディカーを強く殴ったバーテルは弟をその場に残して先を行ってしまいます。

死に場所を選んだラクダは滅びゆく少数民族の文化や生活の象徴でもあります。命を終えるその時を何もできずに泣きながら看取るアディカーはアイデンティティーをなすすべなく奪われる現代の彼等そのものです。

やがて見捨てた兄と見捨てられた弟が再びラマ寺院で再会し、そこで施しを受けたことで互いの心が氷解しはじめ関係が少しずつ変わっていくのは、過酷な旅にあって一条の光に見えました。

少ない台詞は、それだけに大きく意味を感じさせ、幼い兄弟のまなざしは、変わってしまった遊牧民の世界とその厳しさをを残酷に映します。そうしてやっと父の元にたどり着いた2人を待っていたもの。

自分のラクダをアディカーに与え兄弟をほかの僧一緒に旅立たせ、1人閉鎖される寺院に残った老僧が、後ろ姿に呟いた「青い草原がよみがえり、君が戻る日を待っている」という言葉が、ユグル族の文化を映画として残したいという一念でこれを完成させた若きリー・ルイジュン監督の願いに重なり、沁みました。

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